ブルガリが魅力的なサーモンとスティールの色合いで、

ブルガリのオクト フィニッシモは、ローマ建築から着想を得たデザインを取り入れた超薄型ケースに現代的な素材に見事に融合させて誕生したコレクションです。2014年の登場以来、3針からトゥールビヨン、パーペチュアルカレンダーまで、さまざまな複雑機構を備えた極薄のムーブメントを展開し、数々の世界記録を打ち立てて、賞を受賞してきました。

当初はサンドブラスト仕上げが施されたケースにトーンオントーンのダイヤルが組み合わさったものでしたが、やがてスティールやゴールド、時にはタンタルといった素材がケースに取り入れられ、ダイヤルにも新たなカラーやデザインバリエーションが与えられるようになり、誕生から約10年で成熟したコレクションへと成長しました。

同コレクションのなかで最もシンプルなモデルが、2017年に発売された3針のオクト フィニッシモ オートマティックです。ケースの厚さはわずか5.15mmで、リリースされた当時の最薄自動巻き時計で、ブルガリが3つめの世界最薄記録を獲得したモデルとして話題を集めました。2020年にはスティール製ケースを備えたオクト フィニッシモ オートマティック Sを発表。同じ直径40mmですが、厚さが6.3mmとなり、100mの防水性能が確保されたことでより日常使いしやすいパッケージになりました。

ここで紹介するオクト フィニッシモ タスカンコッパーは、シンプルに言えばオクト フィニッシモ オートマティック Sのカラーバリエーションモデルです。実は2023年に北米限定50本で発表されたリファレンスと同じものですが、今回のリリースで通常ラインナップに加わることになりました。

オクト フィニッシモ タスカンコッパーの最も重要な要素であるダイヤルカラーは、時計業界ではいわゆるサーモンダイヤルと呼ばれるものですが、ややピンク色が強く、控えめながらも独特な雰囲気を備えています。デザインを手掛けたブルガリ ウォッチ デザイン センター シニア・ディレクターのファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ氏は、同モデルについてこう話します。「このメタリックサーモンの色合いは、一般的に見られるコレクターが好むヴィンテージの美学から来たものではありません。イタリア美術のルーツである16世紀、正確にはマニエリスムと呼ばれる当時の改革的な運動からインスピレーションを得たものです」

マニエリスムは、16世紀中頃から末にかけて見られる後期イタリア・ルネサンスの美術様式を指します。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェッリといったイタリアの盛期ルネサンスの巨匠たちが作り上げた完成された洋式に倣いつつも、わざと極端な比率に引き伸ばされた人体やS字曲線を描いたねじれたポーズ、不安定な構図、フラットな遠近法や空間表現が取り入れられた絵画が特徴です。

僕は本作のプレスリリースのなかでマニエリスムからの影響であると読んだときにフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂につながりがあるのではないかと考えました。なぜならマニエリスムを提唱したミケランジェロの弟子ジョルジョ・ヴァザーリが大聖堂内部のフレスコ画を描いていたからです。もちろんオクト フィニッシモの形状がローマのマクセンティウスのバシリカから着想を得たものであることは知っていましたが、フレスコ画が描かれた大聖堂の天井も八角形で、外から見た屋根の赤褐色もこのダイヤルに近いものがあるように感じました。

ファブリツィオ氏に伺ってみるとヴァザーリではなく異なる作品であると伝えられました。「いい推測ですね。でも私の直接的なインスピレーション源となったのはヤコポ・ダ・ポントルモの絵画『十字架降下』です。デザイン学校2年生のときに授業でマニエリスムについて学んだ際に習ったのがこの作品でした」。なるほど、確かに時計愛好家たちがサーモンダイヤルと呼ぶローズゴールド色よりもピンクが強い色合いなのも頷けます。

スイスのウォッチメイキングにおいてサーモンダイヤルは定番のカラーのひとつですが、タスカンコッパーのダイヤルはメタリックトーンでありながら、艶消しの質感があるユニークなもので、光を受けると深みのあるアニメーション効果が見られます。ロジウムメッキの針とインデックスとの組み合わせによって美しいコントラストが生まれ、視認性も良好です。クラシックなドレスウォッチやヴィンテージスタイルの時計に見られるカラーをブルガリらしいやり方でスティールのオクト フィニッシモ オートマティックのケースにマッチさせているのです。

オクト フィニッシモは、何度も身につけたことがありますが、ダイヤルカラーが異なるだけでも大きく印象を変える不思議な感覚があります。多面的かつ立体的なケース構造ながらその薄さによる控えめなデザインが異なるカラーや意匠をより大きな違いのように感じさせるのかもしれません。当初は北米限定としてリリースされたモデルでしたが、着けてみると日本人の肌なじみのよいカラーリングのように思いました。

個人的にブルガリのオクト フィニッシモは先述のとおり成熟したコレクションであり、完成されたものであると捉えています。だからこそ建築家の安藤忠雄 氏や現代美術家の宮島達男氏らとのコラボレーションや、先日発表されたばかりのオクト フィニッシモ スケッチ 限定モデルのような前衛的なデザインとの組み合わせでもまったく破綻しないのだと感じます。タスカンコッパーは、カラーバリエーションといえばそれまでかもしれませんが、ファブリツィオ氏が選択したマニエリスムから汲み取ると完成されたコレクションにより改革的なアプローチを与え続けようとする動きなのだと言えるのではないでしょうか。

ブルガリ オクト フィニッシモ タスカンコッパー Ref.103856。直径40mm×厚さ6.4mm、ステンレススティール製ケース、100m防水。サンレイ加工タスカンカッパーメタルダイヤル、ロジウムプレートの針とアワーマーカー。ムーブメントはCal.BVL138搭載。自動巻き、パワーリザーブ約60時間、2万1600振/時、時・分、スモールセコンド。211万2000円(税込)

ゼニス デファイ スカイライン クロノグラフが新登場。

ゼニス デファイ スカイラインシリーズはますますラインナップを充実させているが、ある重要な複雑機構が欠けていた。その欠けたピースが、いま揃ったようだ。

ゼニスのデファイ スカイライン クロノグラフは、クロノグラフを注力してきた同ブランドの系譜と、現行のオールマイティーモデルとを効果的に融合させた新作となった。

先日、直径45mmのデファイ エクストリーム(いくつかの派生モデルを含む)を紹介したが、今回のリリースはやや過激さを抑えており、発表された3つのリファレンス(ブラック、ブルー、シルバー)すべてに42mmのスティールケースが採用されている。ケースの厚みやラグからラグまでの全長は公表されていないが、3万6000振動/時(5Hz)で駆動するこれらの新作クロノグラフは100m防水、ねじ込み式リューズ、スティール製ブレスレットとラバーストラップの両方が付属する(いずれもクイックチェンジ対応)。

依然として人気の高いブレスレット一体型スポーツウォッチのデザイン言語を踏襲するデファイ スカイライン クロノグラフは、ゼニスの自動巻きクロノグラフムーブメント、エル・プリメロ3600を採用。3万6000振動/時で動作し、10分の1秒までの表示(センターセコンド針による)を備えている。また、4時30分位置にはデイト表示も搭載した。ダイヤルをよく観察すれば(エル・プリメロ3600を知らない人は、なおさら注意深く眺めることになる)、クロノグラフスタート後、センターセコンド針が10秒ごとに1回転するのがわかる。ダイヤル上に60分積算計らしきものが追加されているのは、それが理由だ。このムーブメントは、インダイヤルとしてスモールセコンド(時刻用)、60秒計、60分積算計を備えている。

定価は176万円(税込)、3色からお好みの色が選択可能だ。

我々の考え
はっきり言って、僕はこの時計がすでに存在しているものと思い込んでいた。ゼニスがエル・プリメロを搭載した時計を発表するチャンスを今まで逃していたとは思えないからだ。むしろこれは非常にゼニスらしい時計であり、デファイ スカイラインのラインナップにおいて極めて自然なリリースであることは明白だ。

デファイ スカイライン クロノグラフはゼニスのクロノグラフのラインナップを拡大し、特にウブロのマーケットに割って入るものだ。エル・プリメロ、リバイバル、そしてクロノマスター・スポーツのような、ゼニスの定評あるモデルに代わるエル・プリメロ搭載モデルとして満を持してラインナップに追加されたのである。

基本情報
ブランド: ゼニス
モデル名 : デファイ スカイライン クロノグラフ(Defy Skyline Chronograph)
型番: 03.9500.3600/51.l001 (ブルーダイヤル)、03.9500.3600/01.l001 (シルバーダイヤル)、03.9500.3600/21.l001 (ブラックダイヤル)

直径: 42mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤: 3色(上記リファレンスのとおり)
防水性能: 100m
ストラップ/ブレスレット: スティールブレスレットとラバーストラップが付属(いずれもクイックチェンジ機能あり)

ムーブメント情報
キャリバー: エル・プリメロ3600
機能: 時・分表示、10分1秒計測クロノグラフ(中央のクロノグラフ針は10秒で1回転)、スモールセコンド、60分積算計、60秒計、日付表示
直径: 30mm
パワーリザーブ: 60時間
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 3万6000振動/時(5Hz)
石数: 35
追加情報:センター秒針で10分1秒を計測するため、インダイヤルにはクロノグラフ用の60秒計とクロノグラフの60分積算計を搭載。中央の大型秒針は10秒で1回転する(60秒で1回転ではない点に留意)。

価格 & 発売時期
価格: 176万円(税込)

ルイ・ヴィトンによるウォッチラインナップの刷新が続いている。

ルイ・ヴィトンがエスカルのラインナップを発表したのは10年前、そろそろアップデートの時期が来たというわけだ。ブランドは手始めに、シンプルな3針ドレスウォッチ4モデルを用意した。ローズゴールドケースの2モデルと、ダイヤモンドとメテオライトをそれぞれあしらったプラチナケースの2モデルだ。いずれも再構築されたケース、テクスチャー感のある文字盤、そしてレザーストラップを採用している。

アップデートされたケースは直径39mmで、従来のエスカルと同様に、ラグとケースをつなぐデザインはルイ・ヴィトンの名作トランクの真鍮製金具をイメージしている。これは見事な演出であり、たとえそのリベットが装飾であったとしても結果として魅力的なケースに仕上がっている。そしてリューズは本作のテーマに則り、トランクのリベットの形状を模した八角系のドーム型となっている。ケースの表面仕上げはサテンとポリッシュが混在しており、ルイ・ヴィトンはこの美観の実現に手作業による仕上げが必要だったと述べている。

メテオライト文字盤と、オニキス文字盤にバゲットセッティングを施したベゼルを備えるプラチナ製エスカル。

トランクメーカーとしてのルイ・ヴィトンの伝統を称えるデザインはダイヤル上にも続き、15分刻みのマーカーも真鍮製の金具を思わせるものとなっている。ブランドによると、このマーカーは実際に機能的であり、手作業で植字され、中央のダイヤルと外側のミニッツトラックをつなぎ合わせているのだという。RGケースモデルにはシルバーまたはブルーの文字盤を用意した。どちらもルイ・ヴィトンのキャンバス地をイメージした、型押しによるきめ細かなテクスチャーが施されている。外周のミニッツトラックはブラッシュ仕上げで、ゴールドのスタッズがあしらわれている。

プラチナケースのメテオライト文字盤。

プラチナケースモデルはさらに華やかで、メテオライト文字盤(ダイヤモンドなし)とブラックオニキス文字盤(ダイヤモンドたっぷり)がある。プラチナモデルにはともにホワイトゴールドの針が、RGモデルにはケースとマッチしたゴールドの針が採用されている。

新型エスカルの各モデルには、Cal.LFT023が搭載されている。これは昨年のタンブールにも採用されていた自動巻きマイクロロータームーブメントで、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンがル・セルクル・デ・オルロジェと共同で設計したものだ。ムーブメントの装飾は比較的控えめで、ほとんどのパーツに均一な粒状の仕上げが施されている。ムーブメントの外観はきわめてインダストリアルだが魅力的で、22Kゴールド製のマイクロローターが美しいアクセントとなっている。

ルイ・ヴィトンのトランクを彷彿とさせるエスカルの横顔。

この価格帯の高級時計では珍しいことではないが、ムーブメントにはエタクロン緩急針が採用されている。しかし競合他社(特にロレックス 1908など)には、フリースプラング方式を採っているものもある。価格はRGの両モデルがともに414万7000円。プラチナ製のメテオライト文字盤モデルは557万7000円(ともに税込)で、バゲットカットダイヤモンドが付いたプラチナモデルは価格要問い合わせとなっている。いずれもカーフスキンストラップが付属する。

ルイ・ヴィトンが本格的に時計メーカーへと変貌を遂げつつある。昨年発表されたタンブールは、すでに人気の高いブレスレット一体型スポーツウォッチの分野に参入する見事なものだったが、今回のエスカルはそれを補完するドレスラインである。おおむね予想どおりではあるが、堅実で均整のとれた、オーソドックスなコレクションに仕上がっている。39mm径の貴金属製ドレスウォッチで、さまざまな文字盤色(ダイヤモンドもある)が用意されているのは、世界有数の高級時計ブランドによる力強い商業的提案のように感じられる。メテオライトとプラチナの組み合わせは他ブランドのドレスウォッチでも見たことがあるものだが、今作はとてもクールな印象だ。

ルイ・ヴィトンのエスカルは、細部に至るまで配慮が行き届いている。高級トランクや革製品を生み出してきたルイ・ヴィトンの伝統を、ひとつひとつのパーツが、実に思慮深く控えめな手法で表現しているのだ。ラグとケースを“つなぐ”装飾的なリベットも、決して仰々しさを感じさせない。

新しいエスカルには昨年のタンブールにも搭載されていたムーブメント、LFT023が採用されている。

機構的には、昨年のタンブールで発表されたCal.LFT023以上に目新しいものはエスカルには見られない。見た目もスペックも申し分のないムーブメントだが、この価格帯のほかのドレスウォッチと大きく変わらない。仕上げや精度に文句を言うのは勝手だが、同じ方向性の時計でエスカルのそれよりも高い価値を提供するブランドは近年では少数派であり、まれだ。

同価格帯の時計、たとえばかつてのカラトラバの価格(Ref.6119Rも508万円なので、ほぼ同じゾーンだが)などを考えると、ロレックス(パーペチュアル 1908)、ランゲ、ショパールなど、ほかのドレスウォッチに目が行くかもしれない。ルイ・ヴィトンのようにグローバルでのブランド認知度を誇るのはそのうちのひとつだけであり、エスカルを検討する際にはおそらくそれがもっとも重要な要素になるだろう。時計を購入するにあたって、それが間違った考えだとは私は思わない。だが、それよりも優先すべき要素がほかにも数多くあることは確かだ。

ここ数年でルイ・ヴィトン、そしてLVMHは時計業界に大きな商機を見出していることを明らかにしており、ラグジュアリーのその他の分野で行ってきたことを、この業界においても行おうとしているようだ。そして何よりもエスカルはこの商機を最大限に生かすために完璧に調整されているように感じられる。確かに考え抜かれており、完成度が高く、技術的にも優れた素晴らしい時計である。そしてブランドは何よりも素晴らしい新たな事業を立ち上げようとしており、タンブールとエスカルがその礎となることを望んでいるのだ。

基本情報
ブランド名: ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)
モデル名: エスカル(Escale)

直径: 39mm
ケース素材: ローズゴールド、プラチナ
文字盤色: テクスチャーのあるシルバーまたはブルー(RGモデル)、メテオライト(プラチナモデル)、ブラック(ダイヤモンドセットのプラチナモデル)
インデックス: アプライド
ストラップ/ブレスレット: カーフレザーストラップ

ムーブメント情報
キャリバー: LFT023
機能: 時・分表示、センターセコンド
直径: 30.6mm
厚さ: 4.2mm
パワーリザーブ: 50時間
巻き上げ方式: マイクロローター式自動巻き
振動数: 2万8800振動/時
石数: 32
クロノメーター認定: ジュネーブにあるクロノメーター検定機関による認定
追加情報: ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンとル・セルクル・デ・オルロジェの協同設計

クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーが発表した新作、クロノメーター FB RES。

本作は今から4年前の2020年に登場したクロノメーターFB 2REの後継モデルにあたる。
アイコニックなフュゼ・チェーン式伝達機構と1秒ルモントワール・デガリテ機構という、ふたつの精度調整システムを組み合わせた高精度コンプリケーションとなっている。

 機能的に変わらないのなら、新作では何が変わったのか? 前作のクロノメーターFB 2REと見比べると一目瞭然だが、ダイヤルデザインを一新。グラン・フーエナメルではなく、輪列を文字盤側に露出させた“オープンワーク”スタイルとなった。さらにこのオープンワークに合わせてムーブメントを構成する部品は美しさを際立たせるためにすべての歯車、ブリッジ、ネジに至るまで完全手作業により仕上げが施された。

2020年に発表されたクロノメーター FB 2RE。

 そして新作のもうひとつの大きな特徴が、オーナーの好みに応じてパーソナライズができるという点だ。ケース素材や文字盤カラーはもちろん、ケースデザインなどもパーソナライズが可能。とはいえ、すべてがオーナーの好みに応じてオーダーできるわけではない。あらかじめ用意されたいくつかのオプションから選択して自分好みの1本に仕立ていく、いわゆるコンフィギュレーター形式(オンライン)を取っており、200パターンを超えるパーソナライズが可能だという。選べるオプションは以下のとおりだ。

ケースフォルムは、ラウンドとオクタゴンの2種類
ケース素材は、ステンレススティール、チタン、セラマイズドチタン、18Kホワイト・イエロー・ローズゴールド、プラチナ(オクタゴンケースの場合は選択不可)の7種
ダイヤルカラーは、ブルー、シャンパン、アンスラサイトの3色
ダイヤル仕上げは、バーティカルサテン、サンドブラストの2種
 なお、インナーベゼルのカラーも3色から選べるが、これは上記でどんな組み合わせを選択しているかによって視認性を考慮する必要があることから、基本的には3色のうち1色をブランドが提案する形になる。また取材時にはコンフィギュレーターに設定がなかったものの、針の色、ストラップ素材やカラー、そしてバックル(ピンバックルかフォールディングクラスプ)も選べるようになるという。

 最終的には200を超えるスタイルが可能となる新作だが、クロノメーター FB RESのムーブメント限定数は38個。この数を作り切ったら今後2度と同じものが作られることはなく、ほぼオーダメイドに近いオンリーワンのモデルを手にすることができるようだ。

 5月某日。筆者は幸運にも、日本での顧客向けイベントのために来日を果たしたゼネラルマネージャーのヴァンサン・ラペール(Vincent Lapaire)氏にインタビューをする機会を得て、新作のクロノメーター FB RESの製作秘話、そしてクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーにおける時計づくりの現況について話を聞くことができた。

納品は3年以上先の可能性も。想定以上の評判を呼んだ新作、クロノメーター FB RES

ヴァンサン・ラペール(Vincent Lapaire)氏

1964年、スイス・チューリッヒ生まれ。2003年から2010年までユニバーサル・ジュネーブのCEOを務めたのち、2011年にショパールの開発責任者に着任。クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーの立ち上げに伴い、ブランドのゼネラルマネージャーに就任し現在に至る。

佐藤杏輔(以降、佐藤)
新作は2020年に発表されたクロノメーターFB 2REの後継モデルということですが、なぜ今回はオープンワークスタイルにしたのでしょうか?

ヴァンサン・ラペール氏(以降、ラペール)
 2020年のモデルはエナメルダイヤルでしたから、文字盤側からは中が見えませんでした。今回はモダンな要素を取り入れたかったためオープンワークスタイルとしました。シースルバックなので、(ムーブメントの)ひとつひとつのパーツもとても見やすくなっています。特にブリッジの仕上げですね。すべて(ポリッシュ部分は)ブラックポリッシュ仕上げにしていて、シースルーバック越しにも非常にきれいに見えるような設計にしています。

 それとパワーリザーブインジケーターです。オリジナル(2020年モデル)はケースバック側にあったのですが、今回は文字盤側にレイアウトしました。 それともうひとつの特徴なのですが、きれいに仕上げをしたブラックポリッシュのパーツ(文字盤側から見える歯車を支える3つのブリッジなど)がインナーリング部分が当たらないようにしているんですね。 そのためインナーリング自体が宙に浮いているかのような設計になっていて、インナーリングは柱で(裏側から)固定しました。

 それだけはありません。オリジナルのセンターセコンド秒針の素材はチタンだったのですが、今回はブロンズ素材の針になっているのです。 変更した理由は、仕上げをより一層キレイに見せたかったためで、ミラーポリッシュにしています。 ブロンズの針は非常に長いですが、センターにある袴(はかま)はゴールドで、実はそのゴールドの袴(はかま)もポリッシュ仕上げです。

 それ以外にも細かいパーツでいうとブリッジの形状も変わりましたし、基本的にベースの設計は変わっていないのですが、オープンワーク化にあたって見た目の美しさを重視してオリジナルと比較する4割ほどのパーツをアップデートしました。口で説明すると簡単に聞こえるかもしれませんが、実はこれがとても大変なことのなのです。

クロノメーター FB RES オクタゴナルケース

Ref.FB 1RES.4。写真のサンプルはセラマイズドチタンケースで、ピンバックル仕様は3706万3000円、フォールディングクラスプ仕様は3845万4000円(ともに税込)

佐藤
具体的には、どんなところが大変だったのでしょうか?

ラペール
 この時計には1秒ルモントワール・デガリテ機構を組み込んでいるのですが、この機構は調整するのにおよそ1カ月半かかります。調整だけで1カ月半です。そのくらいかけて調整しなければ、COSCのクロノメーター認定を得ることができないのです。調整だけでも時間がかかるため、年間でこの機構を組み込んだムーブメントは作れても8個から10個ほどで、それ以上はできません。

 加えて、この新作の特徴としてフォーカスしたのは見た目の美しさです。時計の最も重要な機構はやはり1秒ルモントワール・デガリテ機構で、それを隠さずオープンワークにするために、ひとつひとつのパーツの仕上げを強調しているのですが、仕上げだけで300時間はかかります。 これは組み立てではなく、あくまでもムーブントひとつに対するパーツの仕上げです。これはオリジナルでも240時間ぐらいはかかります。

 時計には1000個以上のパーツが使われていますが、1個1個の部品、つまりブリッジだけでなく歯車などにもすべて面取り仕上げを施しています。この面取り仕上げも全部手作業で行っているのです。面取り仕上げを施す部分を単純に繋げると、どのくらいの長さになると思いますか? 直線にすると約2m。ケースバック側はもちろん、ダイヤル部分も含めて構成部品に施される面取り仕上げを合わせると計2mにもなります。

佐藤
このモデルはムーブメントが38個限定ですが、ブランドではこの新作に限らず38個限定とすることが多いですね。これには何か理由があるのでしょうか?

ラペール
 フェルディナント・ベルトゥーが正式にフランス王室および海軍付きの時計師の座についたのが1753年です。マスターウォッチメーカーの称号を得た彼は生涯をかけて研究と開発、そして製作に力を注ぐわけですが、1763年から『Essai sur L’horlogerie(時計製造技術論)』という本を出版しています。そしてこの最終の研究発表に関する著書の出版が完了するまでの期間が38年。つまり彼が最も活躍したのが38年ということから38個限定とすることが多いですね。

 この本はすべて原書をミュージアムで私たちが保管していまして、原書のなかにはコメントが残っていたり手書きのもあります。時計を開発する時には、そういった貴重なアーカイブがたくさん私たちの手元にありますので、例えば手書きのスケッチや設計図などを見て、構造はどうなっているか、あるいはどんな仕上げふさわしいかといったヒントをそこから得ているのです。

佐藤
以前からケースフォルムなどを選んで注文することができました(※)が、新作でパーソナライズ性をよりフォーカスしたのはなぜですか?

※2021年のレギュレーター・スケルトン FB RS以降、すべてのコレクションでムーブメントの製造数を限定し、ケースフォルムや素材などをユーザーが選択できるようになっていた。

ラペール
 おっしゃるとおり、実は以前からケースフォルムや素材、文字盤カラーなどをいくつか選択できました。昨年のモデルについてはラウンドケースのみでしたが、ケース素材を選択することができました。ケースの金属カラーとムーブメントの色を合わせていて、ホワイトゴールドであればロジウムメッキ、イエローゴールドであればイエローとしています。

 昨年のモデルも今年の新作も限定38個でしたが、ブランドとしてはこれまでのものもムーブメント数を限定していてそれ以上は生産しない、再生産もしないと言っています。ありがたいことに、ほとんどみんな売れてしまっていて、昨年発表したモデルも残りわずか、実は4月に発表した新作もわずかしかない状況です。売れてしまったら、それはディスコンとしてもう作りません。同じものはないんですね。ただ、そうすると買いたくても買えないという状況も出てきてしまうため、既存のベーシックモデルを作りましょうということになりました。

 ベルトゥーは全部で3つのコレクションで構成されています。ひとつはフュゼ・チェーン式伝達機構を備えるトゥールビヨンムーブメントを搭載したクロノメーター FB 1です。ただしこれは昨年のクロノメーター FB 2Tをファイナルエディションとしています。それからフュゼ・チェーン式伝達機構と1秒ルモントワール・デガリテ機構を併せ持ったクロノメーターFB 2RE、そしてシリンダー型ヒゲゼンマイを採用するクロノメーター FB 3です。このシリンダー型ヒゲゼンマイを搭載したムーブメントを持つモデルをコアコレクションとして、今後は既存のモデルをベースとしてバリエーションを出していきます。今後は例えばダイヤルカラーを変えたり、ケースカラーを変えて品番違い、デザイン違いという形で出して紹介していく予定です。毎年のように新しいものは出せませんから、おそらく2年に1モデルずつ、このムーブメントを搭載した新しい品番のものを発表することになると思います。

 パーソナライズするためには在庫を抱えなくていけないというリスクがある。今回のようなコンフィギュレーター形式では、オーナーの要望どおりのものを作るためにはオプションをある程度ストックしておかなければならないし、ないものは当然作らなければならない。ラペール氏の回答は質問の意図とは異なるものだったが、要するに在庫リスクがあったとしても、より細かなパーソナライズに対応できるほどブランドの売れ行きは好調ということのようだ。

 事実、今回のインタビューのなかでラペール氏はWatches & Wonders 2024で発表した新作について4月の時点で50件以上の問い合わせがあり、想定を上回る注文が入っている状況を明かしてくれた。聞けば、4月の段階で早々に注文が確定したオーナーへは問題なく製作が進めば年内の納品を見通しているが、それ以降で注文が確定した分は製作を進めても納品完了は2027年いっぱいかかると言い、 今からオーダー入れたとしてもその分の納品は2028年になるとのことだった。もちろんこれは今すぐに注文が確定した場合で、時間が経てば経つほど納品は遅くなるようだ。

 インタビューは基本的には新作の話がメインであったが、さらにブランドの成り立ち、生産の舞台裏についても聞くことができた。

オメガがオリンピックの計時と計測において重要な役割を果たす様子を見ている。

昨日ひっそりと発表された新シーマスター アクアテラ 150M ウルトラライト(ふたつあるプロトタイプのうちのひとつ)を腕に巻いたオメガの従業員を見かけた。その社員にほかに新しい製品があるか尋ねたところ、笑いで返された。どうやらその笑みはオリンピックのもうひとつのサプライズ発表を示唆していたようだ。ギアパトロール(Gear Patrol)が最初に気づいたのだが、オメガのアンバサダーであるダニエル・クレイグ(Daniel Craig)氏がまたしても未発表の時計をつけていたようだ。今回はノンデイトのブラックシーマスター 300Mである可能性が高い。

オメガがパリオリンピックの“オメガハウス(特別なイベントスペース)”でのクレイグ氏の写真を送ってきたときに、もっと注意深く見なかったのは完全に私の責任だ。私はこれらのセレブリティのプレスリリースをあまり気にしない傾向がある。加えて、彼が再び(未発表の)時計をちらつかせる可能性がどれほどあっただろうか? CIAの資金でテロリストのヘッジファンド・マネージャーにポーカーで勝つくらいの確率だ。低いが、ゼロではない。それでは、以下がその詳細である。

ちょっと待って、それは何だ?

“拡大すると…”

最初に時計を見たとき、60周年記念のシーマスター 300Mと同じメッシュブレスレットが付いていることに気づいた。しかし、ベゼルには“60”と表示されている代わりに、ダイビング用のピップがある。針とインデックスはホワイトだが、ロリポップ秒針ではなく、シーマスター 300Mの伝統的な針が付いているようだ。そして、その時計は明らかにブラックに見える。おまけにバッジを見てみると、ジェームズ・ボンド映画からそのまま盗用したような顔写真が使われていた。

ギアパトロールは、異なる風防やセラミックベゼルの可能性について指摘しており、私もそれに同意する。またこれはいくつかの“ユニットウォッチ”の流れを踏襲しているという指摘も正しいだろう。これらの時計は、アメリカのシークレットサービスからデンマークのフロッグマン中隊(海軍特殊部隊)に至るまで、あらゆる部隊員のためにつくられている。そしてデンマークの元特殊部隊員であるフレデリック10世は、戴冠式の日にもそれを着用していた。

私たちの友人である“ウォッチズ オブ エスピオナージ(Watches of Espionage)”はこれらの時計を追跡調査しているが、特に目を引く“ユニットウォッチ”のひとつは、パリオリンピックを守るフランスの特殊警察部隊向けにつくられたものだろう。この時計がそのユニットウォッチのひとつという可能性はある(私はその可能性は低いとみているが)。ユニットウォッチはよりクリーミーな夜光、完全なマットダイヤル、およびマットセラミックベゼルを特徴としている。多くの人が長いあいだ待ち望んでいる、ロレックス サブマリーナー ノンデイトに対するオメガの解釈であることを期待したい。