ウブロ×ダニエル・アーシャムによる新作を発表した。

今週、ウブロはアーティストのダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)氏との継続的なコラボレーションをさらに推し進め、MP-17 メカ-10 アーシャム スプラッシュ チタニウム サファイアという斬新な新作を発表した。モデル名には素材名がそのまま使われているが、素材自体は業界で一般的なものだ。それにもかかわらず、その造形はウブロにとってまったく新しいものだ。

中身には、今年初めに発表された小型化、かつ仕上げ面で大きく改良された新メカ-10を搭載。シャイニーマイクロブラスト仕上げのチタニウム製ケースは直径42mm、ケース厚15.35mmとなっている。外観だけを見ると、ケースは一見クラシカルな印象を与える。ブラックラバーの一体型ストラップのあいだに、ラウンドケースが浮かぶように配置されているからだ。だがダイヤルとベゼルの造形は、その印象を一変させるほど独創的である。

アーシャム氏とウブロの初コラボレーション作、アーシャム ドロップレットから直接デザインDNAを受け継ぎ、ベゼルはレーザー加工によるフロスト仕上げのサファイアクリスタルで成形。その造形は水しぶきから着想を得た流麗なフォルムだ。ウブロの象徴であるH形ビスで固定され、その内側には同じスプラッシュ形状を取り入れた見返しリングが広がり、オープンワークのメカ-10 ブリッジを縁取ることで独特なダイヤルデザインを構成している。本作はスモールセコンド、ラック&ピニオン式のパワーリザーブインジケーター、そしてテンプがすべて見える構造となっており、アーシャム氏を象徴するアーシャムグリーンの差し色と夜光が全体をまとめ上げている。

裏返すと、ダイヤルと呼応する形状のサファイアクリスタルを組み合わせたチタン製の裏蓋が現れ、手仕上げによるアングラージュを含む、大幅に改良されたCal.HUB1205の姿を鑑賞できる。MP-17 メカ-10 アーシャム スプラッシュ チタニウム サファイアは世界限定99本で、価格は904万2000円(税込)だ。

我々の考え
アーシャム ドロップレットのポケットウォッチと同様に、このMP-17もきわめてニッチな市場を狙ったモデルだと感じる。彼のデザインタッチを楽しみつつ、どこへでも身につけていける時計を求める人々に向けられているのだ。

第一印象としては、どこか(カルティエ)クラッシュをほうふつとさせるので、クラッシュしたウブロとも言えるかもしれない。これほど流動的で液体的なフォルムを持つ新作を見ると、あのアイコンを思い出さずにはいられない。だがアーシャム氏とのコラボレーションにおいては、アーシャム ドロップレットのポケットウォッチで確立されたデザイン言語とのつながりがしっかりと感じられ、その結果本作は独自の個性をしっかりと保ちながらも、ウブロらしさを堂々と打ち出している。

基本情報
ブランド: ウブロ(Hublot)
モデル名: MP-17 メカ-10 アーシャム スプラッシュ チタニウム サファイア(MP-17 Meca-10 Arsham Splash Titanium Sapphire)
型番: 917.NJ.6909.RX

直径: 42mm
厚さ: 15.35mm
ケース素材: チタン
文字盤: アーシャムグリーンのスーパールミノバを塗布したロジウム、シャイニー仕上げのマイクロブラスト加工
インデックス: アプライド
夜光: あり、スーパールミノバ
防水性能: 50m
ストラップ/ブレスレット: アーシャムモノグラムの装飾を施した一体型ラバーストラップ

ムーブメント情報
キャリバー: HUB1205
機能: 時・分表示、スモールセコンド、パワーリザーブインジケーター
直径: 33.5mm
厚さ: 6.8mm
パワーリザーブ: 約240時間
巻き上げ方式: 手巻き
振動数: 2万1600振動/時
石数: 29
クロノメーター: なし

価格&発売時期
価格: 904万2000円(税込)
発売時期: 11月12日(水)から11月18日(火)まで、伊勢丹新宿店 本館1階 ザ・ステージにて先行販売。11月19日より、ウブロブティックで発売予定
限定: あり、世界限定99本(ウブロブティック限定販売)

1951年に輝ける星をイメージした時計ブランド、オリエントスターを誕生させた。

自社製ムーブメントを用いた機械式時計を作り続け、2017年からはセイコーエプソンと統合。国産では珍しい機械式ムーンフェイズ機構やシリコン製のガンギ車などを開発し、趣味性と機能性を両立させる時計づくりを進めてきた。

そして2023年からはブランド哲学を深める一方でコレクションの整理・統合を推進し、時計愛好家に向けて新たに“Mコレクション”をスタートさせた。この“M”とはフランスの天文学者シャルル・メシエが製作した星雲・星団・銀河のカタログに収められた天体表記からの引用で、M1はカニ星雲、M31はアンドロメダ銀河など有名な天体を識別するために使われている。

新たに始動したMコレクションは、3つのコレクションでスタートした。もっとも普遍的でフォーマルなデザインをもつのが“M45”で、肉眼でも星が密集している様子がわかることから、太古の時代から世界中で愛されてきた星団“すばる/プレアデス”の名を冠している。時代性を機敏に取り入れるのは“M34”だ。“ペルセウス座”の語源であるギリシャ神話の勇者ペルセウスを思わせるシャープなラインを特徴とする。そしてアクティブなスポーツウォッチの“M42”は、“オリオン座”のこと。オリオンの父である海神ポセイドンにちなんで高い防水性を備えたアクティブなモデルとなる。

これまでの日本の時計は技術的には世界レベルであったものの、モデル名と顔やスタイルが一致しにくかった。すなわちそれはブランド戦略が曖昧だったということでもある。そこで前述の通り、オリエントスターではすでに確立した技術をベースにしつつ、宇宙をイメージさせるロマンティックな時計としてそれぞれ基本デザインを明確に規定をしコレクションを整理・統合。“星々”や“宇宙”など各モデルに名称にちなんだストーリーとデザイン、そして機能を与えることで、モデルごとの個性を明確化させた。それは長期的な視点に立った時計づくりを行なっていくという決意表明であり、技術力だけでなく変わらない価値をも提供しようという、これまでになかった新しい戦略をオリエントスターは打ち出したのである。

神秘的なオーロラを表現した色の揺らめき

M34 F7 セミスケルトンブルーグリーングラデーションダイヤル

Ref.RK-BY0001A 14万3000円(税込)
SSケース、SSブレスレット。ケース径40mm×ケース厚13mm(全長47.3mm)。10気圧防水。自動巻き(手巻き付き) Cal.F7F44:24石、2万1600振動/時、約50時間パワーリザーブ。本ワニ革ストラップ付きのRef.RK-BY0003Aは15万4000円(税込)で、オリエントスター プレステージショップにて販売。

“M34”はオリエントスターの中核をなすコレクションだ。コレクション名になっている“M34”は約100個の恒星で構成されるペルセウス座の星団のことで、毎年8月に流星群が出現するため天体ファンからも人気が高い。ちなみにこのペルセウスとは、ギリシャ神話における全能の神ゼウスの息子ペルセウスのことであり、ここにも宇宙や星の世界観を取り入れている。

新作のM34 F7 セミスケルトンは、ダイヤルに工夫を凝らしたモデルだ。9時位置からムーブメントを見せるスケルトンデザインも気になるが、何といってもポイントとなるのはダイヤルの色調である。これは神秘的なオーロラを表現したもので、その表現には白蝶貝にグラデーション塗装を重ねるという手法が取られた。ダイヤルのベースとなる白蝶貝の中央部分にはグリーン、12時位置と6時位置へと変化していくようにブルーのグラデーションを施した。

ある角度では白蝶貝の班の模様とグラデーションが際立ち、またある角度で見ると班の模様が控えめになる代わりに落ち着いた色味が際立つ。それはまさに空の上で不思議に揺らぐ光のカーテンが織りなすオーロラの色であり、美しい夜空の情景を巧みに表現している。

白蝶貝とグラデーション仕上げでオーロラを表現したM34 F7 セミスケルトンだが、華やかなデザイン表現だけが魅力ではない。マニュファクチュールブランドの時計として確かな性能を秘めている。時を告げる実用品であるからには視認性を犠牲にすることはできない。そこで針をしっかり読み取るために、ダイヤルのブルー系とは補色の関係になる金色の針やインデックスを使用。しかも上面は筋目仕上げ、斜面をポリッシュ仕上げにすることでメリハリのある輝きをみせる。

12時位置にはパワーリザーブインジケーターが収まる。連続駆動時間は約50時間だが、必要にして十分なレベルであろう。そしてケースデザインの特徴は、ケースサイドやラグに現れる。キレのある斜面を複数組み合わせることで美しい稜線を作り、美しい陰翳を作りだす。

そして搭載するムーブメントには自社製のCal.7F44を採用する。日差+15~-5秒の精度を確保、リーズナブルな価格帯のモデルでありながら、自動巻きローターには筋目模様を入れており、シースルーバックから見える姿にもこだわる。

M34 F7 セミスケルトン

同じ白蝶貝のダイヤルベースでありながら、グラデーションを巧みに扱ったバリエーションモデルもラインナップする。ブルーグラデーションダイヤルよりも柔らかな表情を作るブラウンダイヤルは、公式オンラインストア「with ORIENTSTAR」にて販売される。そしてシックな印象のチャコールグレーダイヤルは金色針が際立ち、より華やかに見せる。こちらは300本の数量限定モデルだ。

先鋭的なスタイルと力強いディテールを与えて日常的に幅広いシーンでつけることを想定したM34に対して、オリエントスターの歴史的なモデルにも見られるディテールを持ち、ブランドの伝統を継承するのがM45だ。伸びやかな長めのラグと広く取られたダイヤルをデザイン上の大きな特徴とし、特に新作のM45 F7 メカニカルムーンフェイズにおいてはローマン数字のインデックスとリーフ針、そして細いベゼルがドレッシーな雰囲気を作り出している。

M45 F7 メカニカルムーンフェイズは文字どおり、国産では珍しい機械式のムーンフェイズウォッチであり、M34以上に凝ったダイヤル表現が見どころだ。白蝶貝にブラウンのグラデーション仕上げを施して表現したのは、秋田県の山奥にある神秘的な湖として知られる田沢湖。晩秋の日沈直後、湖面が赤く輝く一瞬の静寂と叢雲(むらくも)のなかに見える美しいシルバーの月という、日本の秋の情景を時計で表現しているのだ。しかもベゼルにもブロンズ色のメッキを施しており、ダイヤルのなかの情景は、そのまま時計の外へと繋がっていく……。宇宙や星を軸とした美しいストーリーを紡ぐオリエントスターらしい時計だ。

こうした凝ったダイヤルをより一層美しく見せるためには、技術的な進化も欠かせない。例えばサファイアクリスタル風防には、多層膜コーティングで耐傷性を高め、さらに表面の防汚膜によって汚れにくく撥水性も高める特許技術の“SARコーティング”を施している。もともとは光の反射を抑えることで風防の存在感を感じさせないほどの優れた視認性を与えるための技術だが、これが美しいダイヤルを際立たせるのにもひと役買っている。さらに⽇付け⾞と月齢⾞のあいだと上にそれぞれ押さえ板を設け、さらに⽇付け回し車を4時位置側に配置する特許技術は、6時位置に日付とムーンフェイズの同軸表示を実現させるためのものだが、結果としてダイヤルスペースを確保することにつながり、機能的でありながら多彩なダイヤル表現を可能にした。どちらもこの新作から導入された技術ではないが、新生オリエントスターが掲げる“人の感動を呼び起こすものづくり”には欠かせないものである。

日本人は古来より季節の移ろいを風や自然、月や星などで感じる感性がある。そんな日本ならではの時間の流れを技術力で表現したM45 F7 メカニカルムーンフェイズは、極めて日本的な時計といえよう。

太古の人々は太陽や月、星を観察することで時間の概念を生み出し暦を作った。自然のなかで空を見上げることこそが、もっとも純粋に時間と向き合うことなのかもしれない。

オリエントスターの時計たちは、モデル名の由来やダイヤルの表現、そしてムーンフェイズのようなメカニズムのおかげで、日常的なシーンのなかでも美しい自然を感じることができる。そして時計を眺めるその時間さえも楽しめるような、そんなロマンティックな魅力を持っている。

暑かった夏がようやく終わり、夜風を感じながら散歩をする気持ちよい季節がやってくる。ビルの谷間から見える月に心を奪われ、夜空に瞬くすばるやオリオン座の変わらぬ美しさに心をいやす。そんなちょっとした瞬間を幸せな時間に変えることができる時計、それこそがオリエントスターが持つ最大の魅力なのである。

パテック フィリップ 初代Cal.89を発表したとき(1989年)、それは史上最も複雑な時計のひとつだった。

Cal.89に搭載された最も珍しいコンプリケーションのひとつは、イースター(復活祭)の日付を示すものであり、(私が知る限りでは)それ以降同じものは作られていない。その理由は、パテックがイースターの日付表示メカニズムの特許を持っているからだけではない。真のイースター日付複雑機構は、時計製造においておそらく最も困難な複雑機構であるという事実も関係しているのだ。それだけに、Cal.89にもかかわらずどう考えてもそれは不可能かもしれない。

パテック フィリップ Cal.89。ラトラパンテクロノグラフ、ムーンフェイズ、パーペチュアルカレンダー、そしてチャイムのコンプリケーション機能を搭載している。
Cal.89のイースター日付機構は、1983年にパテック フィリップが特許を申請したものである。この特許には、イースターの日付メカニズムの発明者として、ジャン=ピエール・ミュジ、フランソワ・ドヴォー、フレデリック・ゼシガーが名を連ねている。ジャン=ピエール・ミュジは40年近くパテック フィリップに在籍し、長年にわたり同社のテクニカルディレクターを務めた。イースターの日付を表示する機構は、1989年から2017年までの正しい日付を表示するよう設計された。今、Cal.89の4本の時計がすべて修理を必要としている理由は、Cal.89が正しい日付を“認識”している仕組みに関係している。

イースターは、キリスト教暦の“移動祝日(年により日付が変わる宗教上の祝日)”のひとつ。毎年違う日が祝日になるのだ。イースターの基本的なルールは、春の最初に訪れる満月(春分の日のあとの最初の満月)のあとの最初の日曜日だ。そして天文現象により、イースターの日付は毎年変わる(暦の不規則性と同様、ただひとつの日付を選ぶというさまざまな提案が何世紀にもわたってされているが、今のところどれも定着していない)。このため、イースターは3月22日から4月25日のあいだのどこかとなる。

Cal.89のイースター日付機構は、ノッチ付きプログラム歯車のおかげでイースターの正しい日付を認識してくれる。基本的に、プログラム歯車は1年ごとに1ステップずつ進み、各ステップの深さは異なる。その深さに応じて、イースターの日付を示す針がその年の正しい日付にジャンプするのだ。

パテック フィリップ Cal.89のイースター日付機構。オリジナル特許より。

そのメカニズムは結構シンプルだ。上の特許図面からは、3時位置のすぐ右側にプログラム歯車と、実際の針を動かすクエスチョンマーク型のラックが見える。そこに針そのもの(15番)と、正しい日付にジャンプした針を固定するための渦巻バネが示されている(ラックはレバー27によって持ち上げられ、レバー27は28で回転する。同じレバーは、歯車40を介してプログラム歯車を記録する。ラックの足がプログラム歯車のステップ10のいずれかに乗っており、26のバネによって固定されているのがわかるだろう)。

この独創的に設計されたメカニズムの唯一の問題は、プログラム歯車のステップ数が限られていることだ。プログラム歯車を見ると、古典的なパーペチュアルカレンダーの中心にあるものを思い出すかもしれないが、うるう年のサイクルは4年に1回(100年と400年で補正があるが、これも予測可能な周期だ)確実に繰り返される。一方、イースターの日付はもっと長い年月の間隔で可能な日付の完璧な順序を繰り返すため、プログラムディスクへ完全に変換することはできないのだ。

Cal.89のイースターの日付は、天空星座図の上のセクターに(レトログラードで)表示されている。

イースターの日付を計算するのは、昔はそれほど複雑ではなかった。ユリウス暦による規則がかなり単純だったからだ。満月の日の完全な周期は、235の太陽月からなる19年周期に従うと考えられていた(ヴァシュロンの超ハイコンプリウォッチ、57260の取材記事で覚えているかもしれないが、いわゆるメトン周期だ)。そしてユリウス暦の完全な周期は76年であった(4回のメトン周期のあと、19×4=76年で、完璧にうるう年周期も完了する)。イースターの日付は、ユリウス暦では536年ごとに繰り返される。イアン・スチュワートが2001年のサイエンティフィックアメリカン誌の記事で指摘しているように、数学的原理は“532年は76年(ユリウス暦の周期)と7年(1週の日の周期)の最小公倍数である”。しかし周知のように、ユリウス暦は太陽の周りを回る地球の実際の時間と、暦の日数を適切に補正することができず、次第に季節と大きくずれていった。

そこにローマ教皇グレゴリウス13世が現れた。彼は新しい暦(現在のグレゴリオ暦)を制定し、ユリウス暦のずれを修正するために、1582年10月4日(木)の翌日を、10月5日(金)ではなく、10月15日(金)とする一度限りの更新を命じた(家主側が1週間半分の家賃を奪おうとしていると見て、多くの農家がこれに反発したという)。

教皇グレゴリウス13世の胸像。1559年、アレッサンドロ・メンガティ作。Photo: Wikimedia Commons

新しい暦では、イースターの日付を計算する新しい手順が導入された。各年にはエパクト(Epact)と呼ばれる番号が割り当てられ、これは1月1日の月齢を表していた(各番号は1から29のいずれか)。また毎年1月の第1日曜日には、対応する文字が与えられた(A~G)。これらの“主日文字”(うるう年は2になる)とその年のエパクト、そしてゴールデンナンバー(メトン周期の位置)は、イースターの日付を計算するために使用される材料となる。ただこれらは基本的なものにすぎず、教会論の月と彼岸を天文学的なものに適切に合わせるためには、実際の計算がはるかに複雑になる定期的な調整が必要となる(物事がいかに早く複雑になるかを知るには、エパクトのサイクルに関するこちらの記事をご覧いただきたい。きっと信じられないほど細かい部分への関心が高まるだろう)。
いくつかのポイントがある。まず、計算で考慮される天文現象は抽象的なものである。教会論は3月21日を春分の日と決めているが、実際の天文学上の春分の日は年によって異なる。第2に、天文学的な満月と教会論の満月は必ずしも一致しない。グレゴリウス13世が暦を改革して以来、そしてそれ以前から、イースターの正しい日付を吐き出すアルゴリズムを作ることは、数学者にとって気晴らしになっていた。19世紀最大の数学者と呼ばれるカール・フリードリヒ・ガウスは、1800年にこのようなアルゴリズムを考案し、ドナルド・クヌース(彼はジョン・コンウェイが発見した無限大よりも、はるかに大きな数の集合を発見したことを表す“超現実数”という言葉を作ったことで有名)は『The Art Of Computer Programming』のなかで、 “中世ヨーロッパにおける算術の唯一の重要な応用は、イースターの日付の計算であったことを示す多くの証拠がある”と書いている。

Astronomical dial of the Caliber 89, with indication of sunrise and sunset, the Equation of Time, star chart, position of the Sun along the Plane of the Ecliptic, and the date of Easter.
Cal.89の天空星座図には、日の出と日の入り、時間の方程式、星座早見盤、黄道面に沿った太陽の位置、そしてイースターの日付が表示される。

(教会暦で)イースターの日付を計算する方法をコンプトゥス(computus)と呼ぶ。プログラムディスクに頼るのではなく、真の機械コンプトゥスを作ることは可能なのだろうか? 答えは“一応できる”だ。最初の本格的な機械コンプトゥスは、ガウスがアルゴリズムを考え出してまもなく作られたようで、現在はフランスのアルザス地方にあるストラスブール大聖堂の天文時計という、多くの時計愛好家が知っている場所に設置されている。実際には1354年頃から3つの連続した天文時計があったのだが、最新のものは1843年に完成した。ジャン=バティスト・シュヴィルゲによって設計されたこのコンプトゥスは、おそらく史上初の本物の機械コンプトゥスを備えている。機械コンプトゥスはこれだけではないが、ほかのコンプトゥスに関する英語の文献を見つけることはできなかった(ストラスブール大聖堂のコンプトゥスに関する本の書評の転載版には、ほかにも少なくともふたつの“似たような”機構があると書かれている)。

確かに、動作原理という点ではこの種の時計は唯一無二のものだ。私はそれがどのように機能するかを積極的に研究しようとしているが、控えめに言っても困難な状況だ。コンプトゥスを使わなくとも、時計自体は時計製造において名作だ。1999年、サイエンス誌に掲載されたブライアン・ヘイズの記事によると、時計の天文列には2500年に1回転する歯車があり、さらにこの時計には、2万5000年に1度だけ春分歳差運動を示す軸を中心に1回転する天球儀が搭載されているという(同記事は2000年問題への対応と、ストラスブール大聖堂の時計がいかにして2000年問題への対応を果たしているかについてのものだった)。

The astronomical clock in Notre-Dame-de-Strasbourg Cathedral
ノートルダム=ド=ストラスブール大聖堂の天文時計。Photo: Wikimedia Commons

時計に興味のある人(そして知性を追求したい人)には幸いなことに、このコンプトゥス機構を見ることができる。それは時計の台座の左下にあるケースに展示されている。歯車の集合体のなかには、今年のエパクトと、現在の主日文字の表示があるのがおわかりいただけるだろうか。黄金比、またはゴールデンナンバーは、計算にも必要なメトン周期におけるその年の位置に対応する数字であり(図が示すように、1から19まで)、これも計算に必要である。

Strasbourg clock computus mechanism
ストラスブール大聖堂の時計コンプトゥス。Photo: Wikimedia Commons

年に1度、大晦日になるとこの仕組みが動き出す。歯車が回転し、メインカレンダーのコンプトゥスの横のリング上にある、金属製のタブの位置が変わり(語るも不思議な)、その年の正しいイースターの日付の横に収まる。

シュヴィルゲはコンプトゥスの模型も作っていたが、それは1945年に盗まれ、それ以来行方不明になっている。しかし、かつて時計の管理を担当していた会社に雇われていた時計師のフレデリック・クリンガマー(1908-2006)が、1970年代にコンプトゥスの動作モデルを構築。ストラスブール大聖堂のコンプトゥスが実際にどのように機能しているのかについて、現代的な情報の基礎となっているのはこのモデルである。

この時点で、パテックのためにイースターの日付の複雑さを設計した3人がお互いの顔を見て、“よし、みんな見て…プログラム歯車で行こう”と言った理由が理解できる。シュヴィルゲの設計に基づいて現代の加工技術を使えば、大型の腕時計や懐中時計にセットできる機械コンプトゥスを作ることは可能かもしれないが、私の予想では、LIGAやシリコン加工のようなものを駆使しても、それは無理だろうと思う(誰かが挑戦してくれるとうれしいが)。Cal.89の場合、28年使用できるプログラムディスクは妥当な妥協案のように思えるが、それをさらに28年のディスクに交換するには、おそらく単純ではない修理が必要になる。イースターの日付を計算する現在のルールを使用すると、イースターの日付の完全なサイクルは570万年に1度しか繰り返されないため、プログラムディスクは必然的に必要となる。

ブランパンからフィフティ ファゾムス誕生70周年を記念するモデルが発表された。

第3弾はヴィンテージのオリジナルモデルのなかでも特に希少なMIL-SPECモデルにオマージュを捧げたモデルだ。知る人ぞ知るリファレンスが選ばれたのには理由があった。

名は体を表すという。であるなら、ブランパンのフィフティ ファゾムスほど、自身を明確に語ったモデルはないだろう。1953年に誕生したフィフティ ファゾムスは、水深の測定単位であるファゾム(1ファゾム=1.8288mに相当)になぞらえ、50ファゾム、つまり約90mもの防水性能を有していることを意味しているのだ。

この時計の開発にはふたりの重要人物が登場する。ひとりは当時ブランパンのCEOで自身もダイビング愛好者だったジャン=ジャック・フィスターだ。あるとき南仏でのダイビング中に経過時間を間違えたことによるエア切れを体験し、ダイバーズウォッチの開発に取り組み始めた。

もうひとりはフランス軍のロベール・“ボブ”・マルビエ大尉である。コンバットダイバーと呼ばれる潜水特殊部隊の編成を進めていたフランス海軍は、海中で正確に隠密行動をするために優れた腕時計を必要としていた。しかし当時の市販品は、どれもその用途に適していなかった。

フィフティファゾムス 70 周年記念 Act 3は、水中カメラから着想を得たボックスに収められる。

そこで部隊を率いるマルビエ大尉らは、ブランパンにコンタクトをとった。ジャン=ジャック・フィスターが海を愛し、ダイビングを愛する男でもあったことを聞きつけていたからだ。海中で安心して使用できる時計の必要性を理解したフィスターは、彼らが提案した「黒いダイヤル」「読みやすい表示」「回転ベゼル」「夜光表示」に加えて、「ベゼルの逆回転防止機構」「ダブルOリングのリューズ」「自動巻きムーブメント」「耐磁性能」を加え、ついに1953年に製品化を果たした。

こうして生まれたフィフティファゾムスは、その優れたスペックで評判となり、多くの潜水士や軍人から愛された。そして海中で使用できるダイバーのための時計の必要性に気付いた多くの時計ブランドが、ブランパンの後を追った。フィフティ ファゾムスは、モダンダイバーズの原点と呼ばれているが、それは紛れもない事実なのである。

モダンダイバーズウォッチの原点であるフィフティファゾムスを生み出したブランパンだったが、70年代のクォーツ革命の波を受けて一時期は休眠状態に陥ってしまう。その後、ジャン-クロード・ビバーによって再興され、機械式時計の伝統技術に光を当てたシックスマスターピースの成功で、華々しく時計業界へと復帰を果たした。しかし当時はドレスウォッチやコンプリケーションを強化していたこともあって、フィフティ ファゾムスはほとんど日の目を見ることはなかった。

そんなブランパンがフィフティ ファゾムスに本腰を入れ始めたのは、誕生50周年となる2003年からだ。なぜならその前年にCEOに就任したマーク・A・ハイエックもまた、ダイビングを愛し、水中写真家としても活動する海の男だから。つまりフィフティ ファゾムスは、ジャン=ジャック・フィスターとマーク A. ハイエックという海を愛する男たちによって、その伝統を守ってきたともいえるだろう。

レギュラーモデルとして待望の復活を果たしたフィフティ ファゾムスは、もちろんすぐに高級時計愛好家から万雷の拍手をもって受け入れられた。1953年モデルのスタイルを継承しつつ、防水性能は300mへとスペックアップ。さらにロングパワーリザーブモデルやコンプリケーションなどさまざまなバリエーションを追加。一躍ダイバーズウォッチの主役へと舞い戻った。

2023年はフィフティ ファゾムスの誕生 7 0 周年を迎える記念の年ということで、3モデルがリリースされた。フィフティファゾムス 70周年記念Act 1は2003年の復刻モデルへのトリビュートで、フィフティファゾムス70周年記念 Act 2は、潜水能力の進化に合わせた3時間計を搭載した現代のダイバーに向けたもの。そしてこのフィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3は、フィフティファゾムスの歴史の始まりである軍用ダイバーズウォッチへのオマージュを捧げるモデルとなった。

1953年に誕生したフィフティ ファゾムスは、その優れた機能が評価され、各国の軍隊が制式時計として採用。その後アメリカ海軍では1950年代後半に定めたミルスペック規格に準拠させるため、ダイヤルにモイスチャーインジケーターを加えることをブランパンに要請。これは時計内部に水が浸入すると6時位置のディスクが濡れて赤く変色することで、時計が故障する危険性を着用者に知らせるものだった。フィフティファゾムス70 周年記念 Act3はこのミルスペックモデルがベースとなっている。

原点モデルのディテールが丁寧に継承されており、例えばケース径は初代と同じ41.3mm。その一方でケース素材には、9Kのブロンズゴールドという特別な素材を採用。そもそもブロンズは加工しやすいため古来からさまざまな部品製造に用いられてきた。潜水士のヘルメットもそのひとつだ。

海との関係性の深い素材であるため、近年はダイバーズウォッチに用いられることも増えているが、フィフティファゾムスでは当時からミルスペックモデルのRef.3200からRef.3246という短いシリアルレンジのなかでこの素材を使用していた。しかしAct 3では、そのままブロンズ素材を使用するのではなく、37.5%のゴールドに50%のブロンズを割り金し、さらにシルバーやパラジウム、ガリウムなどを含む9Kブロンズゴールドを用いる。その結果、ブロンズ特有の酸化による緑青が発生せず、肌への負担も少ない。さらにゴールドともブロンズとも異なる色合いに仕上がっている。

1953年にフィフティファゾムスが誕生した時代、ダイバーズウォッチは完全なるプロフェッショナルツールであり、堅牢性と機能性が尊ばれた。しかし現在のダイバーズウォッチは、海を愛する人たちに選ばれるライフスタイルツールでもある。事実ブランパンは、過去70年にわたって、さまざまな団体とパートナーシップを組みながら、海洋保全活動や海洋探査を行っており、それをブランパン オーシャン コミットメントという形で発表することにより啓発活動を続けてきた。つまりフィフティファゾムス 70周年記念 Act3は、ブランパンの海を愛する気持ちを、華やかな形で具現化した時計なのである。

1953年モデルからほとんど変わらないスタイルは、そういった気持ちが変わらない証明でもある。モダンダイバーズウォッチの原点は、外見だけでなく、その熱いハートも含めて、語り継がれる時計となっているのだ。

モーザーが成し遂げてきた最も重要な功績のひとつを支えるプラットフォームでもあるのだ。

H.モーザーの新しいストリームライナーに見覚えはないだろうか? それもそのはずで、洗練されたラインとデザインのヒントは、20年代~30年代の高速列車から得たものであり、モーザーの一体型ブレスレットの特徴として受け継がれている。しかし発売から3年を経た今、ストリームライナーのフォルムがよりスリムになり、39mmという小振りなプラットフォームをベースに絶妙に調整をし、新しい時刻表示のみの時計に生まれ変わった。

H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
最も顕著な変更点は、これまでセンターセコンドのモデルがいくつかあった新型ストリームライナーに、新たに印象的なグラン・フーエナメル文字盤を採用したことだ。“アクアブルー”と名付けられたこの色は、泡立つ深いブルーの水面のような色合いをしており、オンブレ効果を得るべく3つの顔料を12回焼成しているという。最近のH.モーザーのいくつかのリリースのように、ダイヤルにサインはない。(ブランドCEOである)エドゥアルド・メイラン(Edouard Meylan)氏はかつて、文字盤の名前ではなく、時計そのものがブランドの品質を示すのに必要な古い懐中時計を見て、このアイデアを思いついたのだと私に語ったことがある。しかし、このブランドの最近のグラン・フーダイヤルとは異なり、このダイヤルは6時位置にオフセットされたスモールセコンドが、サーキュラーパターンを持つラッカー仕上げのインダイヤルに配されている。

ただ、これが最も重要な変更ではないかもしれない。というのも新しいCal.HMC 500を採用したことで、時計の直径が1mm、厚さが0.9mmと、わずかに小さくなったのだ。この新しい100%自社製マイクロロータームーブメントのサイズは30mm径×4.5mm厚と、21世紀に入ってからのブランド最小ムーブメントとなった。重量感のあるプラチナ製ローターと、より小振りでスリムなコンポーネントを実現した同ムーブメントは、約74時間のパワーリザーブを確保している。

H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメルに搭載されたCal.HMC 500
ムーブメントのサイズを小さくしたことで、ケースラインがより細長く、洗練されたものになった。オリジナルのストリームライナー・スモールセコンドが発売当時2万1900ドル(日本円で約330万円)だったのに対し、新作は534万6000円(税込予価)と大幅な値上げになったが、最終的にこのブランドを購入する理由を探していた潜在的なH.モーザーファンにとっては、文字盤と新しいムーブメントにそれだけの価値があるかもしれない。

我々の考え
すべてのカードを切った最後、H.モーザーは小さなストリームライナーの新作を発表すると言ったとき、私はかなりわくわくした。この時計は、市場で大流行し続けているブレスレット一体型のスポーツウォッチに代わる、斬新な選択肢を提供してくれるからだ。しかし、洗練されたフォルムと興味深いブレスレットのデザインにもかかわらず、私の好みには少し大仰すぎて、手首にも少し大きいと感じていた。

H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメルのダイヤル
直径や厚さを1mm変えるだけで世界が変わるとは言わない。どの時計においても、その1mmが“大きすぎるよ、ちょっと待って”、という瞬間になることはあまりないのだ。しかしこの場合、グラン・フーエナメルがどれほど印象的であろうと、この1mmがそれ以上の効果をもたらし、文字盤よりもストリームライナー自体のほうがはるかに優れている強く主張できる。

H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメルのダイヤル
グラン・フーは本当に素晴らしいけどね。

H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメルの製造過程

ブランドの観点から見ると、サイズはモーザーにとって制限される要因であり、それの限界はほぼムーブメントにのみかかっていた。以前エドゥアルド・メイラン氏は、長いあいだ、より小さなムーブメントを推し進めてきたと語っていた。そしてH.モーザーが、最初から最後まで小規模なマニュファクチュール(コンプリケーションを含む)で成し遂げたことは素晴らしいことだったが、なかでも今回の新しいHMC 500は、これまでで最も重要な成果のひとつかもしれない。また、将来的には徐々に小さなムーブメントも製造できるようになるという可能性も秘めている。

H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル
ムーブメントを小さくすることで、モーザーは時計のラインを洗練させるのに十分なだけのケースシェイプを削ることができ、それはすぐに改善された。ケースの側面は上から下へ、ダイヤルからベゼルへと滑らかで、ケースとブレスレットの境界もシームレスなものになっている。厚さ8.1mmという夢のストリームライナーほどではないが、そのレベルに達しつつある。

H. Moser Streamliner
ムーブメントのデザインだけでなく、仕上げも素晴らしい。私はモーザーのアンスラサイトのトーンと、それがほかのムーブメントの部分とどのように調和しているか見るのが大好きで、内角とスケルトナイズはムーブメントに対する自身の評価を高めている。

H.モーザー Cal.HMC 500
H.モーザー ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメルのマイクロローター
奇妙なことに、私が最も迷っているのはグラン・フーのフュメダイヤルである。誤解のないように言っておくが、色も質感も仕上がりも美しいと感じる。スモールセコンドの腕時計も普段は好きだ。しかし、グラン・フーエナメルは純粋で途切れることのないフォルムがいい。スモールセコンドのインダイヤルが独立しているのは、実物だと写真ほど気にならなかったが、スモールセコンドを完全に排除して文字盤だけ独立させる選択肢も見てみたかった。

そして、みんなも感じるかもしれないが、私が抱く最後の疑問は買い手が価格にどう反応するかである。新しいムーブメントとエナメル文字盤の芸術性がもたらす、潜在的な価値は理解できる。しかし3万ドルを超えたことで、ストリームライナーは新たな価格帯となり、厳しい競争にさらされることになった。私見ではあるが、仕上げは素晴らしいものの、それを理由に価格をつけることは、それを考慮しない多くの消費者にとって、メインとなるデザインに魅力を持つかもしれない時計が売りにくいものだといつも感じている。

現在のストリームライナーは、ロイヤル オークやノーチラスのような一般的に入手困難な腕時計に代わる、より手頃で独立した代替品という位置づけではなく、(ロイヤル オークの)16202の価格と拮抗している。また、それと同じくらい入手困難になっており、何人かの読者が“スモークサーモン”ダイヤルを入手するのを手伝ってほしいと、Instagramにメッセージを送ってきたこともある(念のために言っておくが、私には何の力もない)。

ただこのような場合、私はブランドをある程度尊重する。彼らは調査をして市場を知っているから、おそらく彼らが満たすことができるよりもはるかに多くの要求を受けると思う。この時計にはそれだけの価値があるのだ。

基本情報
ブランド: H.モーザー(H. Moser & Cie.)
モデル名: ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル(Streamliner Small Seconds Blue Enamel)
型番: 6500-1200

直径: 39mm
厚さ: 10.9mm
ケース素材: ステンレススティール
文字盤: 槌目仕上げのアクアブルー グラン・フーフュメエナメル、ラッカー仕上げと円形模様が施されたインダイヤル
インデックス: アプライド
夜光: あり、グロボライト® インサート付き時・分針
防水性能: 120m
ストラップ/ブレスレット: 一体型スティール製ブレスレット